誰もが体験したことのない、そして予測することすらできない未曽有の災難に見舞われているなか、企業はどのように生き残っていくべきか。
富士通株式会社でシニアエバンジェリストとして働き方変革に関わる松本国一氏、本誌「河合薫のプロフェッショナルな仕事術」でおなじみの河合薫氏をゲストに迎え、弊社社長 松山と忌憚なく語り合いました。
働き方改革の本来の目的
松山 推進が叫ばれてきた「働き方改革」。コロナ禍で100年に1度と言われる社会の変革期にあり、各企業の取り組みにも変化が出てきたように思いますが、いかがですか。
松本 生産性の向上という狙いは変わってはいないと思います。働き方改革関連法は2019年から順次施行されてきましたが、当初は過労死問題などから労働時間の削減にフォーカスしている企業が多かったように思います。それがコロナ禍でオフィスを離れ自宅に仕事の環境を移すにはどうすればいいか、が焦点となりました。
その手段の一つがテレワークですが、そもそもこれは「オフィスから離れた場所で仕事をする」という意味。自宅に限らず、例えばワーケーションのようにリゾートで仕事をするのもその範疇です。政府にはそういう流れを作りたいという意図もあるようですが、現場にはまだ解決すべき課題が山積していますね。
河合 これまでの働き方改革の取り組みは、木ばかりを見て森を見ていないと感じます。長時間労働の問題にしても、法律を遵守するかどうかの話ですよね。本来、いきいきと働ける職場を作るのが働き方改革の目的であったはずなのに、「ブラック企業と呼ばれないための方策をとる」というように、方向性がずれてしまった気がします。
会社という森を豊かにするには、まずはそれを育む土壌を豊かにする必要があります。それは、会社に関わるすべてのメンバーがいきいきと働ける環境を作るということです。けれど以前の取り組み方は「女性の管理職が少ないので女性の活躍の木を伸ばそう」とか、「長時間労働の木が伸びすぎたので切ってしまおう」などその場しのぎの対策。これでは森全体が豊かに育ちません。奇しくもコロナ禍が、原点に戻って考えるきっかけになったと思います。
企業が未知の能力を引き出す
松山 ここにきて、強制的に働き方改革のスタート地点に立ち返った感じでしょうか。家族と過ごしながらのワーケーションで力を発揮する人もいれば、オフィスで仲間と一緒にいる方が生産的だという人もいる。多様性をどう許容しながら働き方の仕組みを作っていくかが、経営者に問われていると思います。
河合 ただ、働きやすさを追求するあまり、能力の発見や気づきの機会がそぎ落とされてしまうと、むしろ多様性を失いかねませんよね。私はどんな時代でも、人間の本質はそう変わらないと思っていて、社員がやりたいと思うことだけをやらせるのではなく、時には会社が強いイニシアチブをとって指示を出す必要もあると思うんです。なぜなら人はやりたくないこと、苦手なことをやってみると、知らなかった自分の能力に気づいたりするからです。
すべての人が自分をコントロールできるわけではなく、能力が埋没したままの人たちもいます。本人でさえ気づいていない、そういう力を発見し引き出せるのが会社なのではないでしょうか。
松本 私は会社には「2割のできる人」と「8割の普通の人」がいると思っています。でもこの両者は全くの別物ではなく、8割の人は“まだ自分のできることがわかっていないだけの人”なんです。そういう人にとって会社という組織は、様々な経験ができて能力を見つけられる、大きなメリットがある場です。さらに、会社が持つリソースやポテンシャルを利用しながら、自分の能力を引き出すこともできますしね。
そうやって能力を高めることで、もしもできる2割の人がいなくなっても、残りの8割からまた2割が生まれます。それは、自分のすべきことを見つけられたからなんですよ。だから経営者の方にお願いしたいのは、社員が新しいことにチャレンジできる枠を作ってあげてほしい、ということ。そこに自分の新たな能力を引き出せる鍵があるかもしれないのです。
「能力アップした途端に、転職や引き抜きにあうのではないか」と恐れを抱く経営者もいます。でも、これからは人材の流動性が求められる時代になっていきます。優秀な人が出ていくだけでなく、入ってくる可能性もあるのです。
デジタルだからこそ「雑談」が重要
松山 ここにきてオンラインでのコミュニケーションが浸透してきましたが、2次元の限界というか、リアルな熱っぽさが伝わらないという声も聞きますね。
松本 私はオンラインとオフラインは使い分けていくものだと考えています。よくお話しするのは「コミュニケーションの解像度の低いものと高いもので分ける」ということ。例えば報告や連絡など、特定の人による話は、単なる情報共有ですからオンラインも含めて簡略化すればいい。一方、何かを生み出すためのディスカッションなどは、熱量のやりとりもできるリアルな対面が向くと思います。
どうしてもリアルで集まれないときは、オンラインでもカメラをオンにして顔を見せるとか、話し合いを円滑にするためのファシリテーターやモデレーターを立てるなどの工夫が必要ですね。
河合 オンライン会議では、今まで上司の顔色を見て意見が言えなかった若い人たちが話をしやすいようです。どういう形であれ意見を言えれば元気が引き出されるので、いいことだと思いますね。
松山 ところが、オンラインだと自分の目が届かず、社員がさぼっているんじゃないかと気になる経営者もいるようです。
松本 デジタルのよさは、「コミュニケーションの見える化」だと思います。デジタルでは、誰が、いつ、どんな発言をして、どんな成果物を出したのか常に記録が残ります。これまでは「あの人はたぶん、あの仕事をしているだろう」だったことが「あの人はこの意見を言ってこの仕事をして、その成果がこうなった」と見える化されるんです。だからむしろ見えないことでの不安がなくなり、コミュニティが安定してくると私は思います。
またリアルなオフィス空間では、社員同士で雑談をしながら仕事のアイデアをピックアップしたりします。オンラインではその雑談すらも記録に残るんです。だから「会社のインフラを使って雑談を書くな」などと禁止しない方がいいですね。
河合 これからますます効率性が追求される世の中になってくるので、これまで自然に存在していたつながりを意識的に維持することは大切だと思います。「無駄話」「無駄な時間」「無駄な空間」への投資は、コミュニティの発展につながる重要なものです。経営者はそこにこそ投資してほしいですね。
松山 最近では、社内のコミュニティを発展させるデジタルツールも登場していますね。例えば、弊社が導入した「Remotty(リモティ)」という仮想オフィスツールは、オンラインでの「雑談」「挨拶」「声かけ」がスムーズにできることを重視しています。我々がシステムを構築する際も、効率を考えた機能だけを作り込むのではなく、一見無駄にも見えるおまけの機能、不便そうだけど楽しい機能を加えておくことが必要かもしれません。
経営理念や社史は会社への共感に
松山 ビジネスコミュニケーションの形式が大きく変わる時代だからこそ、共通の認識、次の行動を示唆してくれるキーワードを共有することが重要だと思うのですが、いかがでしょう。
例えば会社の経営理念もその一つです。困ったときに「右に行けばいい」と指南してくれる基準があれば、そこに所属する仲間は目的や足並みを同じにできる。そういう「共感」は人間として幸せを感じられるものですし、日本の企業はもっと高めていかなければいけないことだと思うんです。でも今、自社の経営理念をそらで言える人はほとんどいない。
河合 私も、そういった会社が築いてきた過去の財産と現在とのつながりを作ることはとても大切だと思います。経営理念もそうですし、例えば社史などもそうです。若手社員が社史作りをすると、「うちの会社ってこうだったんだ」と気づくことがある。それが会社への共感につながり、創業者や先人たちのストーリーを知ることで社員たちはエンパワーメントされるのです。
そういうところにどれだけお金や人材を投資できるか。今、企業環境が急速に変化するなかで「変化しないと置いてきぼりになる」とおびえる経営者は多いと思います。すると先を見通す新たな情報にすぐに飛びつきたくなりますが、こんなときだからこそ根源的なところに戻って考える癖をつけてほしいと思います。
松山 弊社では最近、なるべく経営理念を前面に出し、共有するようにしています。例えば中期計画に盛り込むことで、ずっと絵に描いた餅のようだったのが、少しずつ意識されだした、という感覚はありますね。
ただ、社員に共感を求めるには、経営理念のような概念だけでは難しいと思います。そこで私は、坂本光司氏の掲げる100の指針を意識してきました。ここに選ばれている、継続して利益を出している会社は、例外なく社員がいきいきと働いているのです。実は2年後に坂本氏が会長を務める「人を大切にする経営学会」が主催する『日本でいちばん大切にしたい会社』大賞をとることを目指しています。ただ賞をとることが目標なのではなく、100の指針を満たしている会社で勤めることが、幸せに働くという本来の働き方改革となるのではないでしょうか。
生き残れる会社となるために
松山 激変の時代に生き残っていくには、「この会社じゃなきゃダメだ」と思ってもらうために何をしていくか、が重要だと私は思います。そのためには従業員をはじめサービス、モノ作りをする仲間の幸せを実現する。それによって会社が変わっていけば、結果的にお客さまを幸せにできます。
お2人からも最後に、メッセージをいただけますか。
河合 今できることを精一杯やっている会社は絶対生き残れると思います。経営者は情報に惑わされずに、まず自分を信じ、そして社員を信じる。そういう会社は大丈夫です。それに、人は失敗しないと学べないものです。コロナ禍の今だからこそ、失敗に投資する。それが必ずや未来の成功につながります。
松本 私は富士通に勤務して30年近くなりますが、その間に同期は半減しています。なのになぜ私は残っているのか。おそらく自分の能力を周囲に貸与すること、会社に貢献することは何かを考え、いろいろなことに柔軟に取り組んできたからだと感じます。経営者の方には、信念を持って働く社員を認識し、評価することを忘れないでいただければと思います。
それから社員同士が自由に交流できるフリースペースを設けることも重要です。アメリカ西海岸には、社会とのつながりを求めて積極的に無駄なスペースを作って成功している企業がいくつもあります。効率だけを突き詰めないことも大切ですね。
松山 弊社も新たにフリースペースを作りました。各社員に自分がなぜ「DAiKO」という森の中にいるのか、気づいてもらえるような環境を整えていきたいと考えています。
本記事はD’sTALK Vol.50の掲載コンテンツです。
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